Hyoho Niten Ichi-ryu

Home / 兵法二天一流と関係がある話 / Facts about Niten

二天一流は、日々鍛錬の流派である。

加治屋です。 今日は、特に『五輪書』の書き出し部分について解説してみようと思います。 Hello, this is Kajiya. Today I’d like to explain the opening paragraphs of “Gorin no Sho”. 武蔵先生は、死期を悟られた頃、二天一流と名づけた兵法の道を、初めて書物に記述しようと思われました。 そして、寛永二十年(1643)十月上旬の頃、九州肥後の地にある岩戸山に登って、天を拜し、観音を礼拝し、仏前に向ったそうです。 When Honourable Master Musashi sensei sensed his death, he decided to start putting his methods of Hyoho which he named “Niten ichiryu” into his scrolls for the first time. In early October in 1643 (year […]

Read More

實相圓満之木刀 Jissou Enman no Bokutou

今回ご紹介します木刀ですが、實相圓満の木刀と申しまして武蔵先生によって作られたと言われております。私共、兵法二天一流の山東派では相伝の証として引き継がれて来たものです。 現在は大分県の宇佐神宮に管理保管されておりますので、一般の方は見ることが出来ません。 今回は加治屋宗家のご厚意で見せて頂くことが出来ました。 Today let me introduce this wooden sword called JISSOU ENMAN NO BOKUTOU, which is believed to be made by the honourable master Musashi Miyamoto. This sword has been kept through many years as an evidence of succession here at Santou main line of HYOHO NITEN ICHIRYU. Currently it’s kept at Usa shrine […]

Read More

武蔵小次郎まつり Musashi and Kojirou Festival

第67回 「武蔵・小次郎まつり」が、開催されました。 場所は、武蔵顕彰碑のある手向山公園台上です。 小笠原家の家紋、三階菱です。 慶長17年(西暦1612年)4月13日、関門海峡に浮かぶ舟島という無人の島に相会し、雌雄を決せんとした宮本武蔵と佐々木小次郎。    秘術を尽くして闘うも、武蔵の前に小次郎は敗れ命を落とします。   「武蔵・小次郎まつり」は、剣の道に生きた者の宿命ともいえる対決の刻に思いを馳せ、台上に並び建つ両雄の碑前にその不屈の闘魂を讃えて両者の霊を慰め、その魂の安らかならんことを祈る行事です。 小笠原家茶道古流未得会では、献茶を行います。 待機する椅子に移動しているところです。三方のお饅頭と、濃茶、薄茶をお供えします。 神事が、始まります。普通のまつりと違う所です。 控えの席から、武蔵顕彰碑へ移動します。 お饅頭をお供えします。 お濃茶と、お薄茶をお供えします。 さらに祝詞奏上が続きます。 北九州市の北橋市長も来ています。玉串奉奠に続く玉串拝礼です。 宮本家(伊織)子孫の方。 小原家子孫の方。 田原家子孫の方。 加治屋です。 手は、ほぼ水平に。 もう少し、背中が真っ直ぐだといいかも。 これは、北九州市の新たな試みで、「KITAKYUSHU PRIDE」十番勝負といいます。北九州市が誇る様々な景勝地や魅力を舞台に、武蔵と小次郎が対決します。 碑の前には、お茶だけではなく、お酒、お花、果物、菓子なども供えられています。 今回は、久しぶりにお手前をしました。 釜から柄杓でお湯を汲んでいるところ。 お茶を点てて出すところ。 野点傘には、短冊と山野草。 これは、お茶を頂く側。お手前が済んで、ほっと一息したところ。

Read More

最後の横代体育館稽古 Final keiko in a Yokoshiro dojo

私どもが稽古で使用させて頂いておりました横代体育館ですが、老朽化を理由に閉鎖することになりました。二天一流の皆にとっては特別な場所でした。 The Yokoshiro Dojo We used in a keiko is closed down for deterioration. It was the very special place for us. ロケーションは静かな山の中にあり、夏は虫たちや蛙の大合唱。天の川がはっきりと見える程周りは真っ暗です。蛍たちが明かりを灯し駐車場で見送ってくれたり、雨漏りがバケツに落ちる雫の音が何だか面白くて稽古に集中できない日もありました。 冬の寒さは下界とは桁外れで、心身ともに鍛えられました。季節の移り変わりを肌で感じる事が出来て五感共に刺激的だったとも言えますね。 There is the place in a quiet mountain, sing in the voice of an insect and the frogs very much in the summer. It’s very dark outside so be able to […]

Read More

戦気 寒流帯月澄如鏡 A Sho of Musashi-sensei (english)(spanish)

戦気 寒流月帯びて澄ること鏡の如し Senki  kanryu tsuki obite sumerukoto kagamino gotoshi 武蔵先生の書のひとつですが、とても気に入っているのでご紹介したいと思います。 私なりに調べたり、意味を考えたり想像した解釈ですがお話しさせて頂きます。   It is one of the Sho of Musashi sensei, I wants to introduce because I like it very much . I check a meaning and it is the interpretation that I imagined, but I want to talk today.   Este es uno de los […]

Read More

本日の稽古 Today’s keiko (français)

久しぶりの稽古日記です。 今日ご紹介するのは吉原先生がお持ちの木刀なのですが、これが凄いんです。 Cela fait longtemps que je n’avais pas écrit le journal des entraînements Aujourd’hui ce que je vais présenter est un bokken apporté par Yoshihara-sensei, il s’agit d’un objet assez incroyable. 宮本武蔵先生と佐々木小次郎の巌流島の決闘は有名ですが、その時に武蔵先生が所持していたのは刀では無く長い木刀でした。船の櫂を削って作ったなど諸説ありますが武蔵先生自ら削りだしたというのは事実だそうです。しかし決闘後持ち帰らなかった為、現存していません。 戦いの後、旧八代城主 松井直之(三代目八代城主)へ武蔵先生自ら巌流島の決闘で使った大太刀と同じものを面前にて作製し差し出したそうです。その原本は松井家の家宝なのですが、当主の承諾を得て複製されたものがこちらの木刀です。 Le duel entre Miyamoto Musashi-sensei et Sasaki Kojiro à Ganryu-jima est célèbre mais ce qu’avait apporté Musashi-sensei n’était pas un sabre […]

Read More

作務衣で稽古する訳 Training in Samue (français/english)

こんにちは!加治屋です。 Bonjour c’est Kajiya ! Hello, it’s Kajiya !   今日は、稽古着の作務衣についてお話したいと思います。 私たちは、剣道着や居合着ではなくて、作務衣に帯を締めて稽古します。 この習慣は、十代宗家今井先生の時からです。 Aujourd’hui j’aimerai vous parlez du Samue [prononcé samoué; ndt.] qui est porté lors de l’entrainement. Nous n’utilisons ni veste de kendo ni veste de Aikido, mais un Samue noué avec un obi. Cette habitude est apparue avec le 10ème Sôke, Imai-sensei. Today, […]

Read More

    Join our group on Facebook